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富士見高原の文学

富士見野と「アララギ」の歌人たち

富士見野は「アララギ」の歌人たちに愛され、この地でしばしば歌会なども開催されていた。

歌人の伊藤左千夫が自ら設計した富士見公園には、左千夫をはじめ島木赤彦・斎藤茂吉などの碑も多い。

富士見野に生きて

~富士見野に生きて 尾崎喜八~

詩人 尾崎喜八が富士見高原の「分水荘」に居を定めたのは、昭和21年からの7年間である。

周囲を森に囲まれたこの別荘の一隅で、喜八は彼の詩集の到達点である「花咲ける孤独」の詩や、

高原の自然とそこに住む人々をうたった多くのエッセイを執筆し、その豊かな晩年の幕を開けた。

このほかにも井伏鱒二や田宮虎彦、唐木順三など多くの作家たちがこの高原に別荘を構え、避暑

や執筆活動に滞在しました。

政財界でも活躍した人たちの別荘も多く、のちの宮内大臣・渡辺千秋の分水荘、司法大臣・鉄道

大臣を歴任した小川平吉(射山)の帰去来荘、犬養毅(木堂)が政界を引退して余生を送るつもり

で建てられた白林荘などがあり、これらの別荘にも小説家・田山花袋やアララギの歌人らをはじめと

する多くの文人たちが足繁く訪れ、富士見の風土を、そこに生きる人々の生活をその作品の中に

描いています。

尾崎喜八

 

~富士見高原療養所を舞台として~

サナトリウムでその名を知られる「富士見高原療養所」(現・富士見高原病院)には、多数の著名人や

文学者たちが入所し、多くの作品が生まれました。

その中でも堀辰夫の「風立ちぬ」、久米正雄の「月よりの使者」は映画化され、高原療養所でロケも敢行

されました。画家・竹久夢二もこの療養所で生涯を閉じています。

高原療養所